人見知りの生意気

日々の記録を。

弁当とお弁当

僕が中学生の頃、「給食がまずい」と言ってそのほとんどを残す女の子がいた。

カルチャーショックだった。

朝来たら給食の献立に一喜一憂し、昼前の授業の終わる30分前からは給食の事ばかり考えて授業の内容など入ってこなかった。献立のあたり、ハズレに関係なく、貪るように食べた。

とにかく腹が減っていた、そんな時期だった。

 

弁当の日も心が踊った。

母親が作る弁当が大好きだった。

 

ただ、僕がもう少し鋭い子供であれば、親の愛情や職業、経済状況、家族の人数などから弁当の中身が全然違う事を学べた時間になったのであろう。

子どもの中にはクラスメイトの身につけているものや服装に敏感な子がいる。

そこの気づきを優しさとして表現するのか、意地悪として表現するかは人によるが。

残念ながら呑気な僕の記憶は楽しい食事の時間という記憶しかなく、他の子の弁当への記憶はない。

 

だが、唯一覚えているのが冒頭の「給食不味い」と言った女子の弁当である。確かに盛り付けが工夫されていて、料理も美味しそうだった。

 

よく覚えているのは単純に羨ましかったんだろうな。